ゼロの愛人

藤堂に引っ張られ、玉城たちが店から追い出されると、そのとたんに店内から大きな笑い声が響いてきた。その笑いに対し、原を立てた玉城は再び店内に戻ろうとしたが、藤堂と、店内にいた屈強な男数名によって、店内に立ち入ることは叶わなかった。その後、藤堂だけではなく黒の騎士団の上層部の人間・・・ゼロを含めた者たちの前で長い長い説教をされ、厳重注意をうけた。もちろん舎弟もだ。
その後面目丸つぶれだと、苛立たしげに物に八つ当たりしている姿を目撃されている為、店に乗り込んでくるのではと警戒し、屈強な男たちが話し合いの末順番に店にやってきて食事をする、という防衛体制をとっていたが、あの騒ぎ以降玉城は食堂を訪れなかった。溜まったツケは黒の騎士団で立替え、玉城の支給金から毎月天引きする形となり、こちらの問題も難なく解決した。
無事玉城の件が片付いたことに安堵したが、ルルーシュが抱える問題はまだまだあるため、即座に思考を切り替えた。超合衆国を作るための下準備と、ブリタニアが攻めてきた時の防衛体制、資材関係の輸入ルートに、インフラ整備。ルルーシュはそれらの苦労を一切表に出すことなく全ての準備と、食堂の料理長を務め続けた。
ルルーシュの計画と、藤堂たちの働きにより、日に日に蓬莱島は過ごしやすくなっていき、人々の顔は活気に満ち、明るい笑い声さえ聞こえてくるようになった。
そんな様子が中華連邦のテレビ局の取材で世界各国に流されると、自分たちも蓬莱島へ、と願う者たちが増えるのは当然の結果だった。
特にエリア11からは連日秘密裏に多くの日本人が蓬莱島へと亡命してきた。
人出が増えてライフライン整備も軌道に乗ってくると、皇を中心とした企業が蓬莱島内で産業を推し進め、いくつもの工場が建設され、水産業や農業も始まると、人々の生活も目に見えて安定してきた。

順調すぎるほどに計画が進むため、気を許していた面は確かにある。
毎日多くの者に料理を提供し、美味しかった、ありがとう、また来るよ、と声をかけられることに小さな喜びを見出し、ゼロとして、クロと呼ばれる一市民として忙しいが充実した毎日を送っていたことで、警戒心が緩んでいた事は認める。
だが、こういう手を使われるとは・・・。
想定はしていたが、可能性は限りなくゼロに近いと読んでいた。
これは俺の見る目が無かった、と言う事なのだろう。
ゼロに対して見せる面と、一市民に対して見せる面は違う。
頼りなく無能ではあっても、こんな暴挙に出る人物だとは、ゼロであったなら知る事は出来なかっただろう。

ああ、くそ。
後ろ手に縛られた腕が痛い。
殴られた頬が痛い。
蹴り飛ばされたことで、全身が痛い。
コンクリートの床が冷たい。

薄暗い倉庫に投げ出された俺は、まるで他人事のように考えていた。
あまりにも冷静な俺に痺れを切らしたらしく、再び腹を蹴り上げられた。

「・・・ぐっ」

痛みでうめき声をあげると、薄暗くても解るほど楽しげにそいつは顔をゆがめた。

「ちょっと待て玉城、あまり乱暴にしなくても」

倉庫のシャッターを下ろし、ぱちりと音を立てて照明を灯した男がオロオロとしながら口を出した。そんな気弱な発言ではなく、ここは毅然とした態度で止めるべきだろう。
いや、手をかしている時点で、そんな事をする人間ではなかったということか。

「いーんだよ。このくそ生意気なブリキにはこのぐらいが丁度いいんだよっ」

そう言いながら、再び蹴りあげられる。

「しかしな、もし怪我でもして彼が動けなくなると明日からの食堂が困るだろう？」
「いいじゃねーか。俺の行けない店なんて潰れちまえばいいんだ」

玉城はそういいながら、後ろを振り返った。
そこには、扇、南、そして玉城の舎弟が４名ほどそこにいた。
・・・杉山はいないのか？ああ、そう言えば杉山は新人達に重火器の使用方法と、KMFの訓練をしていたなと、思い出した。
扇はゼロからの指示があったら困るからと、本部に待機している事が多いから、玉城にあること無い事吹き込まれでもしたのかと、内心嘆息した。
扇は仲間に甘い。特に旧扇グループの面々には甘すぎる。情報も鵜呑みにしがちで、騎士団本部から若干距離のある食堂には来ないため、クロに関する情報も、おそらく玉城から聞いた話しか知らないだろう。
ならば、この状況を打開するには扇を味方に引き入れるべきだ。
この中でのトップは扇。
扇が制止をかければ、玉城もこんなバカげたことを止めるだろう。

「大体よ、扇は行ったこと無いから知らねーだろうが、ブリキがやってる店だぜ？客なんて殆ど居ない寂れた店だってのに、こいつは俺たちの料理をなかなか出さないだけじゃなく、イレブンなんて呼んで、馬鹿にしやがったんだ」
「嘘ばかり吐くな玉城。俺がいつそんな差別用語を口にした！」

あまりにも嘘だらけな内容に反論すると「黙ってろ！」とまた体を蹴りあげられた。
店の繁盛ぶりを知っているはずの南は、ただ傍観しているだけだった。

「聞いたか扇。こいつ年上の俺に対して呼び捨てだぞ？年長者を敬うこともしねぇ。俺たちを見下してるんだよ」
「確かにな。だからブリタニア人を入れるべきじゃないって言ったんだ」
「だよな！こいつなんて、見てくれがいいから、ゼロに体で取り入ってるんだぜ？」
「そうみたいだな。まだ若いのに、体で地位を手にいれようなんて」

扇は冷たい視線でルルーシュを見降ろした。

「そのうち俺らを追い出して、ゼロの右腕にでもなるつもりなんだろうぜ。そして邪魔な俺たちを追いだして、中から黒の騎士団を駄目にするつもりなんだ」

にたりと笑みを浮かべ、玉城はそう言った。

「だからよぉ、ここできっちり自分の立場ってやつを教え込んでやろうぜ」

玉城はその瞳をギラギラと輝かせ、ルルーシュを見下ろした。
ルルーシュを囲みはじめた南達も、獰猛な獣のような視線で見下ろしていた。